医学生は低学年のうちに遊んでおいた方がいい❓

よく先輩などから「学生のうちに遊んだり何か打ち込むものを持っておいた方がいいよ。と言われることが多いと思う。
しかし、その理由を先輩に聞いてみると

「研修医になったら忙しくて遊べないから今しかできないことをやっておけ」

というような返事や

「遊びや部活を通してコミュニケーションを学ぶ」

などといった曖昧な答えが返ってきて、いまいち釈然としない、という経験が皆さんにもあるのではないだろうか。
それもそのはず。1つ目の答えは、

なぜ「遊ぶ」のかという返事に対する答えではなく、なぜ「学生のうちに」遊ぶのかの答え

であり、

2つ目の答えは、「コミュニケーション」という大変包括的な、なにかとこじつけの理由で使われる曖昧な言葉

だからだ。
また、本記事を読んでいるような学生は

「学生のうちに勉強しておいた方がいいんじゃないだろうか」「遊ぶって具体的になにをするんだろうか❓」

と疑問に思う医学生も多いのではないだろうか。そんな質問に本記事では答えて行きたいと思う。

 

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まず、「遊ぶ」とはなんなのか。

デジタル辞書によると、「遊ぶ」の定義は大きく分けて以下の2つある。

* 1 スポーツ・趣味など好きなことをして楽しい時間を過ごす。
* 2 何もしないでぶらぶらして時を過ごす。決まった仕事・職がなく暇でいる。

最初に「遊ぶ」という言葉を聞いて、多くのひとがイメージするのは1の方ではないだろうか。しかし、残念ながら、多くの人が遊ぶの意味が1であると知りながら、2に走ってしまっているように思う。この2つのうち、「遊ぶ」の意味をどちらに取るか。それによって、一度しかない大学生活の運命が決まってくる。

当然のことながら、一般的な観点からみて、よりよいとされるのは1の方であるが、なぜ1のほうがよいのか、そのメリットについて具体的に考えていきたいと思う。

 

メリット①:複数打ち込めるものをもっていると、一つがダメになったとき、精神的負担が軽い。

この具体的な例をあげてみる、4年生になるとCBTという4年間の全国学力総合テストのようなものがあるのだが、とにかく分量が多く。しかもなんと順位が出るため精神的にもしんどい。

このCBTを受験するに際して、勉強しかしていない人だと、周囲からの「あいつは勉強ばかりやってるから高順位をとるに違いない」といったようなプレッシャーに対して、

「もしいい結果出せなかったらどうしよう」

「4年間勉強がんばってきたのに、勉強そんなにしてないキャラのやつに負けたらどうしよう」

といった、焦りが生まれてしまい、集中力が乱れたり、とにかく量をこなすことにばかり頭がいって、効果的な勉強ができなくなってしまうということが考えられる。勉強=努力×集中力(才能含む)であるため、双方ともに精神的な影響を大きく受けてしまうのである。

しかし、部活なども真剣に取り組んでおり、他の分野でも結果を出している人だと、勉強というのは「がんばっているものの1つ」にすぎない。したがって、「勉強は確かに頑張ってるけど、これは私のできることのうちの1つに過ぎないから、例え今回悪かったって、部活がんばってるからいいや。」というふうに、精神的な面で圧倒的にリラックスできるのだ。

また、部活に時間を割くことで、短い時間でより効果的に勉強する方法を身に付けることができるというのはよく聞くことだ。

もちろん、医学部の勉強、とくにCBTは知識さえあれば解ける問題がおおいため、焦ってたくさん勉強したほうが、高得点を取れるという側面はある。

しかし、だからこそ、落ち着いて考えれば覚えなくても解けるに対して丸暗記で対応してしまっても、それなりにいい結果出てしまうために、自分では気づきにくい、という側面があるのも医学部の勉強の特徴である。

ただ、丸暗記で対応していると、どこかでかならず忘却スピードと、覚えるスピードが一致してしまい、全く成績が伸びないという結果になるため、なるべく覚えることを減らすという努力も必要である。話がそれてしまうのでこれについては別の記事で書きたいと思う。

 

今の時代、研修医の30%がうつ病を発病するというのはよく言われることだ。どれだけ「お医者様」と言われる誇るべき職業についたって、本人が満足できなければそれは非常にもったいないことだと思う。勉強自体が楽しくて仕方がない、という人はもちろんそれで幸せだろうし、なにもいうことはないが、そうでない人はいろいろな楽しみを、別に持った方がよいと私は思う。

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メリット②:どの知識・技術がどこで役立つかわからない

例えば、小・中学生のころ、美術という授業があった。なんでこんなもんやらなくちゃいけないんや、と美術が大嫌いな僕はずっと思っていた。しかし、美術、とくにデッサンは「立体的なものを特徴をとらえて頭のなかに保存し、それを書き出す技術」にほかならない。この技術は解剖において非常に役に立つ。

高校で習った物理なども、波動の分野の知識は耳鼻科の分野で役にたつ(例えば、メニエール病だと、蝸牛の奥深くが障害されるが、波長の長い音=低い音ほど減衰しにくいため蝸牛の奥で感知している→メニエール病は蝸牛の奥がやられる病気だということさえ知っていれば、低い音が主に障害される疾患だということが導き出せる)。

世界史で習った偉人を使って、医学の語呂合わせを使ったりすることだってある。

世の中、いつどこで、何が役に立つかなんてわからないというのは本などを読んでいるとよく言われることだが、医学においてもこれは間違いなく通ずる。自分の知識を使えば新たな知識を定着させることもできるし、それを覚えるのに使った知識も確実に定着させることができる。それをできるかできないかは非常に大きな差になると思う

 

メリット3:複数のことを同時に行うことで相対的な視野が手に入る

1つのものだけをやるのと、2つのものをやるのとでは、ものの見方というのは確実に変わってくる。

例えば、テニスと音楽だって、一見関係の内容に見えるが、テニスがうまい人は、打つときのリズムが常に一定である、それを音楽に置き換えて、楽譜に変換すれば、より正確なリズムで打てるようになる。

テニスとサッカーだって、全然違う競技だけど、体をひねって手を脱力してラケットの先を最高速度で達するように打つという行為は、サッカーで、体をひねって足を脱力して、足先を最高速度にして蹴るというサッカーと全く同じである。

このように複数のことをやって、共通点と違いを見出そうとする意識を常にもつことで、その競技の見え方というものが全然変わってくるし、何を考えるかで勉強もスポーツも効率が変わってくる

最後に

一つのことに集中し続けるのは難しい。よっぽど医学が好きとか、勉強が好きとかでもない限り、大学生の間にいろんなことに触れておくというのは、非常に大切なことだと思う。

いろんなことに触れることで、患者さんの話している内容が理解でき会話が弾み診断に役立つといったこともあるだろうし、なにより本人が楽しむ方法というのが無数に増えてくる。

いろいろと書いたけれど、結局、自分が幸せならば一日中勉強したって、誰とも会話しなくたっていいと思うし、自分が幸せじゃないならば、どれだけ人と一緒に遊んだって、部活や勉強に取り組んだって仕方がないとも思う。

この記事を参考に、少しでも自分の納得できるような大学生活を送ることのできるひとが増えたらという願いをこめて、本記事を終えます。

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